福島・群馬「尾瀬沼」ニッコウキスゲの湿原と沼を巡る山旅

日本の山

「夏が来れば思い出す はるかな尾瀬 遠い空」
これは教科書にも掲載されている有名な楽曲「夏の思い出」の冒頭のフレーズです。

この曲のテーマとなった尾瀬群馬・福島・新潟の3県にまたがる広大な湿原や池沼群を指しています。曲の中でも取り上げられている「水芭蕉」は初夏の尾瀬の風物詩ともなっていますが、ワタスゲやコバイケイソウなど多くの高山植物が咲き誇る天上の楽園でもあります。

そんな尾瀬の北西部に鎮座するのが、この記事でご紹介する「尾瀬沼」です。

さあ、それではこの夏の思い出の場所でもある「尾瀬沼」の魅力についてお話ししましょう。
どうか最後までおつきあい下さいね。

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ニッコウキスゲ咲く尾瀬沼へのアプローチ

① 沼山峠から大江湿原を目指して

出典:ヤマプラ

難易度日帰り・初心者向き歩行距離6.5km
コースタイム2時間24標高差37m

参考:ヤマプラ

沼山峠休憩所 ⇒25分⇒ 沼山峠展望台 ⇒20分⇒ 小淵沢田代分岐 ⇒23分⇒
尾瀬沼ビジターセンター ⇒21分⇒ 小淵沢田代分岐 ⇒21分⇒ 沼山峠展望台 ⇒35分⇒  沼山峠休憩所 ⇒20分

 

尾瀬沼を訪れるにはいくつかのルートがあります。この記事では初心者でも安全な最も入門編とも言うべき「沼山峠」を起点とするトレッキングコースをご紹介します。

現在、登山口である沼山峠~御池間はマイカーでは行くことができません。福島県側の檜枝岐村御池駐車場に車を停め、シャトルバスに乗り換えて沼山峠向かいます。シャトルバスとは言っても専用の大型バスが登山客やハイキングに訪れた観光客を満載して峠と駐車場を往復しています。このバスの車中から、途中ブナの森の大パノラマを見ることができます。行き帰りに運転手さんが音声案内に合わせて停車してくれますので、天気が良ければぜひその雄大なブナの森を眼下に見渡して下さい。

シャトルバスに20分ほど揺られると登山口である沼山峠1784mに到着します。
沼山峠休憩所と併設された水洗のきれいな公衆トイレが設けられています。ここで必ずトイレを済ませて下さい。尚、使用料として100円程度のチップを忘れずに箱に入れましょう。

さて、ここから緩やかな登山道が始まります。登り初めはオオシラビソの鬱蒼とした森が続きます。良く整備された木枠と岩の登山道をしばらく登っていくと、やがて木道が現れます。ゆるやかな登り道とはいえ、登り初めがトレッキングでは最も大切な時間です。息が乱れないよう適度に足を止めて、樹林の美しさを眺めて小休憩を取って下さい。

ゆっくり登っても、およそ50分ほどで登山道のピークである「沼山峠」さしかかります。特にイスなど休憩するための場所は設けられていません。ここまではひとがんばりです。
やがて、木道は緩やかに下り始めるとすぐにベンチが置かれた「展望台」に到着します。ここでいったんザックを下ろして休憩タイムを取って下さい。

天気が良ければ、展望台からはめざす「大江湿原」が小さくその姿を確認できます。初夏には湿原全体を覆い尽くすようにニッコウキスゲの大群落が遠くからも確かめられます。
また晩秋には一面紅葉した草紅葉の草原とその向こうに透明の水面をたたえた尾瀬沼の姿が、眼下はるか遠くに見えます。右手には、東北の百名山の一つに数えられている「燧岳」の雄姿が青空に輝いています。
この休憩スペースで水分補給したら、いよいよ目的地まで一歩きです。

ダケカンバやナナカマド、ヤマウルシなど秋の紅葉時期には登山者の目を楽しませてくれる数多くの広葉樹が木道の両側に立ち並んでいます。緩やかな木道の下り道は、やがて笹原混じりになり少しずつ辺りが開けて来ます。左側にひときわ高いオオシラビソが現れると、突然湿原の末端に飛び出します。ここが大江湿原です。

② キスゲと草紅葉の別天地「大江湿原」

大江湿原標高は1665m。木道でつながっている尾瀬ヶ原よりも265mほど高いので、花の咲く時期は尾瀬ヶ原より一週間ほど遅れます。
尾瀬沼の最上流部、只見川に注ぐ大江川が湿原の真ん中を緩やかに蛇行しています。

ここ大江湿原では、尾瀬ヶ原に比べると水芭蕉はあまり多くは咲いていません。尾瀬沼のほとりや大江川の隅に時々見かける程度です。この湿原の見所は、何と言っても例年7月下旬に一斉に咲き乱れるニッコウキスゲの大群落です。黄色に輝くキスゲの花が、初夏の高層湿原を埋め尽くします。

ぼぼ平坦な木道は、ニッコウキスゲの群落の中心を通って尾瀬沼に続きます。時期をずらせば大江川の土手には紫色のトリカブトの群落も現れ、登山者の目を楽しませてくれます。
また、キスゲの花と前後するように、初夏になると湿原のあちこちにはワタスゲが群落を作って白い花を咲かせ、ゆったり風になびく様子に心癒やされます。レンゲツツジやチングルマ、イワギキョウなどたくさんの高山植物が一斉に花開かせるのもこの時期です

また、秋になると湿原全体を草紅葉が覆い尽くします。赤や黄色、そして橙色に染まった辺り一帯の紅葉した樹木に囲まれ、湿原いっぱいに広がる草紅葉が黄金色の波となって風にそよいでいます。ツタウルシがブナの大木に赤く絡みつき、周りのダケカンバやナナカマド、サワグルミなど数え切れないほどの樹木が色とりどりに紅葉しているさまも圧巻です。

湿原の中には何カ所か木道が分岐しています。左手に別れた木道を入ると「小淵沢田代」に向かいますが、途中すぐに大江川にかかる橋の上に出ます。初夏であれば川の中にイワナが気持ち良さそうに泳いでいる様子が見えます。秋にはヤマドリゼンマイやカラマツソウが土手を覆っています。
ここまで来ると、目の前には「尾瀬沼」の静かな湖面が手に取るように間近に感じられます。
途中に何カ所かこんもり土が盛り上がっている場所があるので、歩きながら注意して見渡して下さい。
実は湿原の所々に盛り上がった小高い場所は、明治の戊辰戦争の際に会津藩が築いた土塁の跡です。こんな高層湿原の中にも悲しい歴史の爪痕が残されていたなんて、吹き抜ける涼風に感慨もひとしおです。

木道を元来た道まで戻り、奥津沢の小さな流れを渡れば灌木の間に尾瀬沼東岸の広場が現れ、ようやく目的地に到着です。

③ 尾瀬沼の歴史を肌で感じて

尾瀬沼東岸に着いたら、近くの広場を散策してみましょう。広場の中心にある尾瀬沼ビジターセンターには尾瀬の歴史や自然について、詳しい展示や専門のスタッフが常駐しています。近くに生息するツキノワグマやイタチ、テン、タヌキやキツネなどの標本も飾ってあるので、子供にとっても楽しい場所です。ここで尾瀬についての知識を仕入れて、沼歩きをするのもまた格別です。

ビジターセンター前には有名な「長蔵小屋」の建物が立っています。
この山小屋は明治22年に平野長蔵が尾瀬沼のほとりに建てました。同年、長蔵は目の前にそびえる燧ヶ岳に登頂し、開山した人物でもあります。
尾瀬の豊かな自然がほぼ手つかずのまま残されたのには、長蔵を含め3代の親子の尽力があったと言われています。

現在の長蔵小屋は尾瀬沼東岸に建っていますが、もともとは北西岸の沼尻に最初の山小屋は建てられたと伝わっています。外観は昔の学校風のたたずまいを残し、中に入ると木の廊下はきしんで、レトロ感たっぷりです。

長蔵小屋以外にも尾瀬沼の近辺には、檜枝岐村営の「尾瀬沼ヒュッテ」「尾瀬沼山荘」などの宿泊所もあります。日帰りで尾瀬沼を楽しむこともできますが、夕陽に赤く染まる尾瀬沼や朝もやに包まれる大江湿原を見るために、可能ならここで一泊することをおすすめします。

山小屋に一泊したらぜひ尾瀬沼一周にチャレンジして下さい。ビジターセンターを起点に周囲約9kmの湖畔を約3時間ほどかけて一周します。ただ一周する際には尾瀬沼は時計回り(右回り)で歩くのが無難です。沼の南側には日陰で傾斜がきつく歩きにくい場所があります。反時計回り(左回り)で歩き出すと、ビジターセンターに近付くにつれて疲労困憊し、元来た大江湿原から沼山駐車場までの帰路が辛いものとなってしまいます。

大江湿原と尾瀬沼周辺の見所

日帰りでも十分尾瀬の魅力を味わうことはできますが、ぜひ足を伸ばして尾瀬ヶ原や百名山の一つである「燧ヶ岳」や「至仏山」、そして大瀑布である「三条の滝」や「平滑の滝」まで足を伸ばしてみてはいかがでしょう。

①  尾瀬ヶ原

尾瀬ヶ原は日本でも有数の高層湿原地帯です。約1万年前、目の前にそびえ立っている活火山「燧ヶ岳」の噴火によってこの湿原ができました。東西約6km、南北3km、標高は1400m、周りを至仏山や燧ヶ岳、景鶴山、中原山など2000m級の山々に囲まれています。
一帯は尾瀬国立公園に中にあり、ほぼ全域が国立公園特別保護地域並びに特別天然記念物に指定されています。尾瀬ヶ原一帯のほぼ全域に木道が敷設され、快適なトレッキングを楽しむことのできます。

特に、初夏から盛夏にかけて水芭蕉やミズゴケなど高層湿原特有の貴重な湿性植物や、ワタスゲ、チングルマなどの様々な高山植物が咲き誇ります。湿原を縫うように流れる様々な小川や地塘の水は全て只見川に注ぎ込まれ、平滑の滝三条の滝となって阿賀野川に合流します。

尾瀬ヶ原に至るには、様々なトレッキングルートがあります。最もポピュラーなのが群馬県側から入る「鳩待峠」経由のコースです。
ただし、シーズンにはマイカー規制が敷かれ、麓の駐車場からシャトルバスを利用しなければ登山口にたどり着くことができません。

他にも「富士見峠」や「三平峠」から尾瀬ヶ原に入るルートや、福島県側から御池駐車場に車を停めて「燧ヶ岳」を登頂して尾瀬ヶ原に至る健脚ルートなど様々なルート選択ができます。どのコースを選ぶかは、体力と山行の日程にもよります。ぜひ無理のない計画を立てて、尾瀬ヶ原に入山することをおすすめします。

②  燧ヶ岳・至仏山

尾瀬沼と尾瀬ヶ原の全域を一般的には「尾瀬」と呼んでいますが、ここには二つの日本百名山があります。東端にある「燧ヶ岳」と西端の「至仏山」です。男性的で荒々しい岩場や岩石が多い山が「燧ヶ岳」、女性的で高山植物にあふれるたおやかな山が「至仏山」です。

初めて燧ヶ岳に登ったのは今から30ほど昔になりますが、相当に登りがきつかった記憶があります。至仏山のように登り初めから眺望はありません。樹林の中の登りにくい山道をひたすら登らなければ山頂にたどり着くことはできません。

「燧ヶ岳」東北以降では最高峰の標高2356mの活火山です。山頂に至るには4つのコースがありますが、どれも急傾斜の登山道やガレ場、ぬかるみ、沢越えをしなければならず、途中迷いやすい場所も何カ所かあります。どのコースをたどっても登りは最低約4時間、下りは約3時間半はかかるので、ある程度の体力と山の経験がある方に向いています。

ただし、燧ヶ岳のピークに立つとその苦労がいっぺんに報われます。眺望の良い山頂からは尾瀬ヶ原や尾瀬沼一帯がくまなく見渡すことができます。
また、手前には膨大な平ヶ岳の山容や会津駒ヶ岳那須連山や遠く磐梯山なども望むことができます。体力に自信がある方はぜひ登頂されることをおすすめします。

その荒々しい燧ヶ岳とは好対照なのが「至仏山」(標高2228m)です。燧ヶ岳とともに尾瀬を代表する至仏山はヒナウスユキソウやオゼソウなど貴重な高山植物の宝庫としても知られています。山頂や登山道から一望する尾瀬ヶ原一帯の眺望はすばらしい、の一言に尽きます。

山頂からは360度の大パノラマが広がっています。すぐ近くには景鶴山平ヶ岳、はるか彼方には日光連山谷川連峰の山々を望むことができます。至仏山には高山植物保護のために入山禁止の期間が今でも設けられています。(以前は10年近く、全く登頂することが禁止されていました。)

山開きは例年7月1日。登山ルートは3コースあって、おおよそ約6時間程度で登ることができます。鳩待峠-山の鼻-至仏山の日帰りコースなら全長約10.3km標高差637mです。
鳩待峠から小至仏山へ登るピストンコースもありますが、ぜひ尾瀬ヶ原の雰囲気を味わいたいなら、山の鼻にいったん下ってから登り直すとさらに味わい深い山旅の思い出ができます。

まとめ

いかがでしたか?

西の上高地と並んで、日本における代表的な高層湿原である尾瀬周辺の魅力についてご紹介してきました。
けれど、なぜこの記事でメインに紹介したのが「尾瀬ヶ原」でなく「尾瀬沼」だったのでしょう?

それには理由があります。
一時期、あまりにも尾瀬ヶ原が一般的な観光地と化してしまったからです。私はこの30年間、毎年尾瀬一帯を、厳冬期を除いてくまなく歩いてきました。入山禁止措置が出される前の至仏山にも複数回登りました。熊がたびたび出没する燧ヶ岳にも3回も登頂したのです。
東西に広がる広大な尾瀬ヶ原と尾瀬沼を山小屋に泊まりながら、全コース歩き尽くしました。平滑の滝と三条の滝というあまりメジャーではないけれど、一度は必見の長大な滝のしぶきも浴びてきたのです。歩き通すだけの美しさや価値のある高層湿原だったからです。

けれど、10年ほど前に一度登山ブームが訪れた際、尾瀬は一変しました。鳩待峠から下るメインルートには数珠つなぎの大渋滞。ミニスカートにブラウス、さらにハイヒールという信じがたい格好で尾瀬ヶ原に向かっているのです。山の鼻の売店はもはやレジャー基地と化し、ごみは平気で散らかすし、湿原には無断入ろうとするし、マナーなどあったもんじゃない時期が実際にありました。

それから私はピタリと尾瀬ヶ原に出かけなくなりました。今はアプローチも大変で、よほど山好きでないと登ってこないだろうという秘境檜枝岐村経由の尾瀬沼にだけ通っています。
あれからもう何年も経ちました。登山ブームが落ち着いて「夏の思い出」の曲を知る人が少なくなれば、尾瀬ヶ原は昔の姿に戻ってくれるかもしれません。
今はただその日を待ちわびるのみです。

最後までおつきあいいただきありがとうございました。

【尾瀬ヶ原へのアクセス】

■ マイカー
東北自動車道西那須野IC下車 → 国道400号線 → 国道121号線 → 国道352号線経由で約105km。終点の御池駐車場に停車。登山口の沼山峠まではマイカーは入れないので専用シャトルバスで20分。片道大人520円。子供260円
御池駐車場:400台収容 2時間まで無料 マイカー1回:1,000円

■ 電車・バス
野岩鉄道会津高原尾瀬口駅下車 →会津バス乗車約2時間→ 沼山峠下車(2,410円)
■ タクシー
野岩鉄道会津高原尾瀬口より約1時間54分 尾瀬御池下車 約59.5km 料金約23,720円

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